代表 石上 寛朗(いしがみ ひろあき) 静岡県富士市生まれ。 高校卒業後上京、大学で宗教全般を4年間選考した後、東京大学国際森林環境学研究室で1年半、地球温暖化(気候変動)に関わる問題点と解決策を模索・研究。 その後、東日本大震災支援活動のため宮城県で10ヶ月間支援生活に従事。
泥かき、物流補助、職業支援、支援の橋渡し、御用聞き等を初め、仮設住宅地域での自治会作りなどを行う。 その中で、あらゆる繋がりの重要性、食と自然の大切さ、食がもたらす喜び、不透明な食の安全性への不満を感じ、農業を志す。 山梨の有機農園に住み込み農業をし、地元富士市の農家に師事する。 その後、車中泊をしながら1反(1000㎡)の畑を借り1年間作付け自営を試みる。本格的な農業研修の必要性を感じ、その後1年間富士市で農業研修を受け、富士宮で独立。 富士山麓有機農業推進協議会会員。 有機栽培で育った野菜の味に感動し、この味を多くの人に拡めたいと思い、安全性はもちろんのこと味へのこだわりを重視。 無農薬・無化学肥料の有機栽培にこだわり、栽培を繰り返す中で現在の栽培方法に至る。 環境にも人にも安全な農業をしている有機農家が、きちんと生活していける基盤を創りたい。 目標は『持続可能な有機農業を創ること』 【農法】 微生物農法(複数)、炭素循環農法 【栽培資材】 牛糞堆肥(佐野牧場)、鶏糞堆肥、牡蠣殻有機石灰、草木灰、雑草堆肥、木くず、米ぬか、おから、農業用微生物資材、農業用にがり、完熟野菜残渣堆肥(マジックバイオくん)
平野 達也(ひらの たつや) 1972年千葉県生まれ 大学卒業後、森ビル観光株式会社(現、森トラスト・ホテルズ&リゾーツ株式会社)入社。 98年に同社を退社し、早稲田大学大学院太平洋研究科に入学。『持続可能な発展』プロジェクト研究室でエコツーリズムを研究対象とする。
その後、ホールアース自然学校にて自然ガイドや各種プログラムの企画・実施、健康増進事業や少人数制富士登山ツアー、溶岩染め商品などの新規事業立ち上げ、企業・行政との協働事業を数多く担当する。 その後、富士宮市下柚野地域にて就農。 未経験の農業分野(非農家出身・農業経験なし)であらゆる失敗を経験しながら、現在は80種類程度の米・野菜を有機栽培している。 妻と2女の4人家族。 富士山麓有機農業推進協議会会員。 座右の銘は『倒れる時は前のめり』 【使用資材】 鶏糞堆肥、米ヌカ
坂尻 啓(さかじりはじめ) 1979年青森県生まれ 東京の大学卒業後、環境アセスメントで2年間働いた後、捕鯨船に数ヶ月乗船。富士宮の有機農家の下で2年間修行し、その後富士宮市柚乃地区で有機農家として独立。
富士山麓有機農業推進協議会会員。 堆肥不使用で安全性はもちろんのこと、味と見た目にこだわっている。 妻と子供の3人家族。 【栽培資材】 酒粕、おから
田村 栄次(たむら えいじ) 1972年千葉県出身 沼津の大学を卒業後、東京でプログラマーとして就職。4年後に退職し、その後ヒッチハイクをしながらミュージシャン生活を2年間、その後は東京で文房具店に8年間務めるする。その後、千葉県白井市で農業研修を受け、富士宮に家族で移住し有機農業を始める。富士山麓有機農業推進協議会会員。
キッカケは 「自分と周りの人の食べる物を自分で作りたい」 「普通の農家は販売用と自家用で栽培を分けているが、それを自家用の物だけで販売したい」 「家族のために仕事と生活のバランスを考えたい」 【栽培方法】 炭素循環農法、無肥料栽培 【栽培資材】 キノコ菌床、もみ殻、木くず、落ち葉
田邉 友章(たなべ ともあき) 1980年富士宮市生まれ 高校卒業後、音楽の道を目指し上京。神奈川県川崎市を中心に音楽活動の傍ら社会人を経験する中で、親の大切さを知る。恩返しで始めた農作業をキッカケに、農業の楽しさを次の世代に繋げることを志す。
結婚を機に、「次世代の子供達に安心して食べさせられる農産物を栽培したい」「その技術を未来に繋げていきたい」という想いから、地元富士宮市での就農を決意。 有機農家の元で1年間の修行を経て、2015年に富士宮市下条地区で独立。 富士山麓有機農業推進協議会会員。 コンセプトは『美味しくて身体が喜ぶ農産物を!』 【栽培資材】 牛糞堆肥(佐野牧場)、もみ殻、もみ殻薫炭、鶏糞、米ぬか、おから、手作り発酵培養液、(イースト、納豆菌、ヨーグルト、糖分等)
久保 力(くぼ つとむ) 1947年富士宮生まれ 京都の大学を卒業後、富士宮に戻り家庭教師や塾講師を経た後、23年間自動車学校に勤務。その後、自宅の家庭菜園で育った有機野菜の美味しさに感動し、ゼロから農家を志す。味と香りを重視した栽培にこだわる。
富士山麓有機農業推進協議会会員。 【栽培資材】 豚糞堆肥、乳酸卵殻、完熟野菜残渣堆肥(マジックバイオくん)、米ヌカ